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昨日に引き続き、Nikon S7000を持ち出してみた。あらためてズーム機能のあるコンデジの便利さを実感する。なぜ我々はこの素晴らしさを忘れてしまったのだろうか…!


画質はともかくズームできるので街灯にとまる鳩だって撮れる。そりゃフルサイズのカメラに明るい望遠レンズを付けたら鳩の羽まで鮮明に撮れるだろうけどこれはこれで。


思いやりとDIY精神に溢れた椅子。普段なら「写真を撮るほどじゃないかな」と思ってしまうような場面でも気軽にカメラを構えられる。まぁスマートフォンのカメラで撮ればいいんだけど。


美酒爛漫どこまで寄れるかテスト。これは70mm。


200mm。肉眼では見えなかった「日本鉄道&スポーツビジネスカレッジ」の看板も見える。


そして450mm。めちゃくちゃ寄れて最高。


そしてRICOH GR IIIと比較。これはNikon S7000。


これはRICOH GR IIIで撮った写真。モニターで確認して「やっぱりGR全然違うな!」と当たり前のことを思ったが、ブログ用に縮小したら「Nikon S7000も悪くないな!」という気持ちに。しばらくいろいろ撮ってみたい。

オールドコンデジというほど古くないのだが、Nikon S7000で近所を撮影してきた。161gという軽さなのに広角25mm~超望遠500mmまで撮れる便利カメラだ。そしてなにより起動時間が0.99秒と素早い。


解体を待つ旧中野区役所を裏側から撮影。この棟には中野区議会の入口があったので本会議場が入っている建物?モノクロに加工してみたら建物表面の陰影がはっきりしてカッコよくなった。Nikon S7000はちょっと古いコンデジなのでノイズも気になるから、どんどん加工したほうが面白いかもしれない。

すこし余談。20歳のとき父親にNikonのフィルムカメラを買ってもらい、それから長いこと写真を撮ってきたのだが、「作品を撮りたい」というよりも「記録しておきたい」側の使い方をしてきたので、写真をネットにアップすると「作品」として扱われるのが嫌だなーと漠然と思ってた。

さらに、加工すると意図が生まれてより「作品」のように扱われそうで「加工するのは危険!」という心のブレーキがあった。でも、スマートフォンの普及で加工された写真が溢れた世の中になると、加工された写真をアップする行為なんて日常すぎて「作品」とみなすのは難しくなってるんだろうなーと気持ちが楽になった。


工事中の写真を昔っぽく加工して残しておいたら、偽の記憶が刷り込まれて数年後に懐かしさ倍増しそう。というか、もし身近な映像閲覧用のデバイスがスマートフォンじゃなくなる未来がきたら、スマートフォンで撮った写真を懐かしく感じるようになるんだろうな。


やっぱりズームできるのは便利。けっこう遠いところからでも撮影できる。


中野駅からすぐの囲桃園跨線橋から撮影。再開発中のエリアにビルが立ち並んだら大きく雰囲気変わりそうだ。


古そうな看板にズーム。やっぱりこれだけズームできるのは便利。さすがにハイエンドスマートフォンでも500mmまではズームできないし(たとえばiPhone16Proは120mmまで)


南口駅前もロータリーの整備など再開発が進む。


このレンガ風の壁わりと好きなんだけど再開発でなくなってしまうのかな?

ということで、起動が早くてズームできるコンデジを持って散歩するの楽しかったよという話でした。ただ、ひとむかし前ならコンデジを構えて写真撮っている人がいたとしても「趣味かな?」「仕事かな?」と思えたんでしょうけど、いま街中でコンデジを使っている人がいなさすぎて目立つ!


中野ブロードウェイは1966年に開業した商業施設と集合住宅が入った複合ビル。青島幸男や沢田研二が住んでいたことでも有名。サブカルの聖地と呼ばれているが、最近は高級腕時計専門店が増えて時計の整地という感じになってる。

中野駅から中野サンモールを抜けて中野ブロードウェイに入ると、すぐ左側に中古PCや周辺機器を販売する「ジャンクワールド」があり、そのすこし先に「地下商店街入口」がある。まっすぐ進むとエスカレーターがあるので、この階段を使う人はあまりいない。観光で訪れた人たちも素通りする。


ここまでちゃんと入口の看板が出迎えてくれるのは嬉しい。コストもかかるしメンテも必要そうだから、いまだったら設置の検討すらされなさそうだけど、こういうディティールが心に引っかかり愛着に繋がってるような気がする。


こちらは西友に直結している別の地下商店街入口。

あまり中野ブロードウェイに馴染みがない人は、古い漫画やフィギュアを扱っている店ばかりの商業施設だと思われているかもしれないが、地下には西友やダイソーも入ってる。八百屋・魚屋・肉屋・靴や鞄の修理屋・いろんな飲食店もあり「地下商店街」という看板に偽りはない。自分も週に1度は買い物にいくので愛着はある。

同じく地下にある「手づくり点心 また明日。」の肉まんと、「チャレンジャー」のクレープ(生クリームアップル)が好きでよく食べてる。チャレンジャーの通路反対側には巨大なソフトクリームで有名な「デイリーチコ」がある。おいしい「うどんや大門」という讃岐うどん屋もある(いつも行列なのでしばらく食べてない)

ちなみに、西友のあるエリアが食品を扱う店が中心の「地下商店街」で、ダイソーのあるエリアはドラッグストアもあり雑貨やファッションの店もある「Petit Paris(プチパリ)」になる。ちょうど、地下商店街とプチパリの境界にチャレンジャーがあるので、食品→ドラッグストアというルートで買い物すると「とりあえずクレープでも食べてくか」というトラップに引っかかる。


閉業した中野サンプラザの和食レストランから撮影した中野ブロードウェイの屋上。住民(もしくは住民の招待)じゃないと入れないので難易度高いのだが、いつか行ってみたい。

こちらも中野サンプラザの和食レストランから撮影した中野ブロードウェイ。かっこよすぎる。

最近、動画を撮るのにハマっているので、久々にお台場のテレコムセンター展望室に行ってきた。入場料は500円(2024年現在)かかるのだが、ゆったりとしたソファやテーブルもあり、むしろ500円は安すぎないかと心配になる。


レインボーブリッジや東京タワーが見える、これぞ東京湾岸といった景色。ちなみにレインボーブリッジは1993年8月26日に開通した。1996年には臨海副都心で世界都市博覧会が開催される予定(いろいろあって中止)だった。


テレコムセンターのエントランス。テレコムセンターが竣工したのは1996年(フジテレビ本社屋も同年竣工)。このゴージャスさが「あのころ」「お台場」という印象。テレコムセンターといえばテレバイダーであり金剛地武志や寺田椿である。


豪華な展望室階のエレベーターホール。龍が如くのボス戦前といった感じ。「コストを抑えてメンテナンスもしやすいです!」といった現代のビルにはない趣がある。


そして展望室。マッサージチェアもあるし無料の望遠鏡もある。豪華なソファは人が座っていたので撮影できず。本でも持ってきてのんびりしたい。


有明ジャンクション。お台場にもマンションが増えた。Bリーグに所属するプロバスケットボールチーム「アルバルク東京」のホームアリーナ建設中。


海と空の玄関口である青海コンテナ埠頭と羽田空港。


望遠レンズの圧縮効果により東京ビックサイト(南展示場)の裏すぐに新木場の貯木場が見える。新木場という名前の由来でもある貯木場だが、原木輸出禁止などの影響もあり、現在では材木を海に浮かべて保存する姿を見かけることはなくなった。都市を大きくするために、さまざまな施設が必要だったのだな。


セメント工場の裏に浦安のテーマパーク。手前に浮かんだケーソン(防波堤や岸壁など水中構造物をつくる際に使われるコンクリートや鋼製でできた箱)には「利島港」と書かれているので、伊豆諸島まで運ばれていくのだろう。


解体中の船の科学館本館。ランドマーク的存在だったので寂しい。完全になくなってしまったわけではなく、展示されている初代南極観測船「宗谷」で博物館としての活動は継続されているそう。ということで、久々のテレコムセンター展望室を楽しんできました。

最近、動画を撮るのにハマっていろんな展望台に出掛けている。横浜マリンタワーを訪れたのはこのような映像を撮りたかったからだ。なだらかなカーブで写真手前の首都高速神奈川3号狩場線が本牧ジャンクション経由して首都高速湾岸線に繋がる。うしろには本牧埠頭のガントリークレーン、さらに対岸の千葉県までうっすら見える。

横浜マリンタワーから本牧ジャンクションを眺める
何度も山下公園には来ているが(みなとみらいの会社に勤めていたこともあるのに)考えてみれば横浜マリンタワーに登るのは初めて。高校のころ遠足の行き先が横浜だったとき、同級生たちが山下公園やマリンタワーで楽しい思い出を作っているなか、我々の班は横浜ジョイポリスでゲーム(バーチャファイターやKOF)をしていた記憶がある。スカした行動がカッコいいと思っていたのだ。

横浜マリンタワーからから横浜ベイブリッジと川崎の工業地帯を眺める
機動警察パトレイバー 2 the Movieの爆撃でお馴染み横浜ベイブリッジの先に川崎の工場地帯が見える。ちなみに、同劇中の「思ひ出のベイブリッジ」は大黒埠頭で撮影されたそう。写真手前の空き地にはちょっと前までガンダムが立っていた。

横浜マリンタワーから山手イタリア山庭園を眺める
写真左側は丘の上にある山手イタリア山庭園など海岸段丘らしい風景が広がる。

横浜マリンタワーからみなとみら方面を眺める
みなとみら方面。赤レンガ倉庫や象の鼻防波堤も見える。

横浜マリンタワーにいた福井県立恐竜博物館の恐竜博士
パシフィコ横浜にて開催されてた「巨大恐竜展2024」に合わせて、展望台に福井県立恐竜博物館からやってきた「恐竜博士」がいた。かっこいい。博物館いってみたい。

ホテルニューグランドを山下公園から
ということで、山下公園と中華街を散策して帰りました。ゲーム「LOST JUDGMENT 裁かれざる記憶」を思い出すホテルニューグランド。「ドリア」「ナポリタン」「プリンアラモード」発祥地としても有名。

横浜中華街にある秀味園の魯肉飯前日の晩御飯が洋食だったのでホテルニューグランドではなく秀味園で魯肉飯を食べる。小さめの豚バラを甘辛く煮込んだタイプじゃないので、いわゆる日本人が想像する魯肉飯じゃないんですけど、なんか家庭的で好きなんですよね。スープがうまい。ということで、横浜マリンタワーの展望台と中華街を満喫してきました。

千葉港めぐり観光船に乗ってきた(食品コンビナート編)からの続き。


石油ターミナルのタンク。とてもかっこいい。


高炉と圧延工場が見える。


ガントリークレーンで荷揚げ中。遠くに火力発電所の煙突。


かっこいい。


かっこいい。


コンテナターミナル。


千葉港といえば千葉ポートタワー。展望フロアは工場がよく見えるのでおすすめ。


ということで約40分の千葉港遊覧も終わり。千葉みなと駅から千葉駅までモノレールで戻って総武線で帰宅。千葉モノレールもかっこいいので、ちゃんと乗って記事にしたい。

千葉に所用があったので、「千葉港めぐり観光船」に乗ってきた。名前のとおり千葉港を周遊してくれる観光船だ。千葉港はJFEスチール東日本製鉄所千葉地区や食品コンビナートが立地しており、ジェット燃料を成田空港まで全長約47kmのパイプラインで輸送するスタート地点でもある重要な貿易港だ。


千葉港の入口にあるモニュメント。はまぐり(?)がかわいい。


この船に乗ります。「あるめりあ」号。旅客船ターミナル「ケーズハーバー」1階にチケット売り場があります。


食品コンビナート。船とニューマチックアンローダー(穀物を吸い上げて荷揚げする機械)とサイロ。日本サイロさんの「搬入・搬出系統図」が参考になるし面白い。


並んでいる窓がとてもいい。千葉共同サイロさんの「設備紹介」も参考になる。


アンローダーのある風景。


タンクが整然とならんでいる。


陸上げされた貨物がどのように加工されるのか想像するのもたのしい。


なにやら作業中。

長くなったので石油ターミナル・製鉄所編に続く…!

イタヤ細工の状差し

2024年6月3日

封筒で届く大切なお知らせ。そのへんに置いて順次処理していたのだが、年齢のせいなのか忘れてしまうことが何度かあった。ちゃんと「大切な封筒入れ」を作らないとマズそうだ。

調べてみると「封筒入れ」という商品はあまりなく、100均などのファイルケースを工夫して使うのがよさそうだ。そうすべきなんだろうなと思っていたんだけど、もっと主張が強くて「これ大切」とわかるようなものが欲しい。で、カゴもありかもしれないと探していると「イタヤ細工の状差し」を見つけた。これである。

イタヤ細工とは、秋田県角館で作られている伝統的工芸品。「イタヤカエデ」という紅葉樹の若木を裂いて編み上げたもの。箕や篭などから、「イタヤ馬」という玩具や、このような状差しまで作られている。使い込んでいくと、白っぽい木肌は飴色に変わってくるらしい。

この状差し、とにかく雑に封筒を突っ込んでおくのにちょうどいい。それでいて存在感もある。まさしく探していたものだ。経年変化も楽しみだし、角館にも行ってみたくなった。いくつもの欲求を満たしてくれるこの感じ、とてもいい買い物だ…!

新庁舎へ引っ越しすることになり、4月22日の議会が最後となった中野区議会の本会議場。中野区報に「見学会やるよ」と書かれていたので、せっかくだから行ってきました。わりと区報は隅々まで読んでいるほうなんです。



この本会議場、55年もの歴史があるそう。55歳の芸能人を調べてみたら福山雅治さんや森高千里さんと同い年ってことみたい。福山と森高・・・若すぎる。

それにしても、庁舎のなかにこんな立派な施設があるんですね。特徴的な壁面の凹凸は「耳(を傾ける)」をモチーフとしているらしい。真ん中を凹ませるだけでけっこう耳っぽくなるのが面白い。このモチーフは新しい議場にも引き継がれるとのこと。たしかに、これを引き継がなかったら、耳を傾けるつもりがなくなったみたいで嫌かも。

椅子や机の曲線が美しい。この椅子は固定されていて動かないのですが、新しい庁舎にできる議場の椅子は稼働式になるそう。新しい議場は(公開された写真を見るかぎり)良くも悪くも普通の小ホールという感じで、こんなに曲線が使われていないのが寂しい。求められるものは時代によって変わりますから、いろんな理由があるのでしょう。

そもそも、本会議場を使うのは年に20回程度らしく、それぞれの部会が会議室で打ち合わせすることがほとんどらしい。案内してくれた方から「議会は傍聴できるので、ぜひお越しください」と声をかけていただきました。こちらの質問にも丁寧に答えていただけて、とてもいい見学会でした。

前回の予選編からの続きです。決勝も近鉄名古屋駅から津を経由して、伊勢鉄道の鈴鹿サーキット稲生駅に向かいます。


タイステ


11時過ぎに鈴鹿サーキット稲生駅に到着。帰りの切符売り場に行列ができてます。


決勝レース前に行われるドライバーズパレード準備中。選手がトレーラーに乗ってサーキットをパレードします。



12時からのドライバースパレードが終了。決勝の14時まで1時間半くらいあるのでグランプリスクエアの展示を冷やかします。ホンダがF1参戦から60周年ということでマシンが展示されていました。


グランプリスクエアはこんな感じでグッズを販売していたり、集まって写真を撮っている人がいたり盛り上がってます。


満開の桜


満開の桜と給水塔と富裕層が観戦するエリア


いよいよ決勝です。スタート前の「ドライバーやメカニックたちが慌ただしく準備している時間」を間近で見るために前列のアウトレットシートにしたといっても過言じゃないくらいなので嬉しかった。ルイス・ハミルトンが手を振りながらキックボードで駆け抜けていったり、有名なF1ジャーナリストが中継してたり。

ということで、決勝レース中は写真なんか撮れないくらいのスピードでマシンが通りすぎていくので、動画ばかり撮ってました。動画をアップしていいものかわからないので(横に座っている人が見切れているし)突然の津。


疲れ果てミスドで休憩

ということで、これ以降の写真はほとんど残ってません。なんとか名古屋に辿りつき、新幹線に乗って東京へ。また来年も観戦したいなと思いながら、ずっと憧れだったV席を体験してしまったわけで、さらに高い席で見てみたいというならスタンド上段(12万円くらい)かFormula 1 Paddock Club(90万円くらい)なんだよな・・・という。さすがに12万円は厳しいし、90万円なんて無理すぎる。

ただ、Paddock Clubなら選手やスタッフが働いているパドックをツアーで見ることができたり、ケータリングサービスがあったり、サーキット併設の駐車場が使えたり、F1という社交界の片隅に参加することができる(スポンサーや得意先など関係者になると、さらに上のサービスを受けられるんだろうな)わけで、いつか味わってみたいという目標はある。

さらに、サーキット併設のヘリポートでは次々とヘリが離発着している。ちょっと調べてみるとグランプリ開催中は1機200万円くらいで往復してくれるらしい。名古屋から20分、大阪からでも45分くらい。混雑した駅に並ぶこともなく、レース終了の1時間後くらいには、どこかでディナーを食べている富裕層もいるのだ。

努力だけでは到達できない領域を目の当たりにして虚しくもなるのだが、どんな席であっても「貴様らと変わらないくらい楽しんだやったぜ」と思うことにした。


あれ、なんの話をしてたんだっけ?ということで、レッドブルのブースでカクテルなどを1杯(1本)頼むともらえるビックリマン風のシール最高!F1日本グランプリ2024観戦記でした。

今年もF1日本グランプリを観戦してきました。といっても、前回の日本グランプリは2023年の9月末開催。いままでずっと秋開催だったんですが、今年から春開催(4月5日〜7日)となり、前回の日本グランプリから間を空けずに開催となりました。

世界的な物価高の影響もありチケット料金が値上げ、ホテルの宿泊費も高騰。前回から半年しか経っていないこともあり「そんなに連続して行きたいわけでもない」と真顔になります。でも、はじめての春開催とういことで「桜満開の鈴鹿」という映像が頭に浮かびます。そんなに都合よく桜前線がやってくるわけじゃないのに。さんざん悩んでけっきょく観戦を決意しました。

鈴鹿サーキットに向かう

鈴鹿サーキットまで、公共交通機関を利用したアクセス方法は大きくわけて2つ。運行本数が多い近鉄で名古屋駅から白子駅まで移動して、そこからシャトルバスでサーキットまで行く方法。もうひとつはJRと伊勢鉄道を使って名古屋駅から最寄りの鈴鹿サーキット稲生駅までアクセスする方法です。自分は第3の選択肢となる、遠回りの「津」経由で向かいます。ちょっと時間はかかるけど電車が空いてるのを重視したルートです。


近鉄名古屋駅もF1仕様に


津駅で伊勢鉄道に乗り換えて鈴鹿サーキット稲生駅に向かいます


鈴鹿サーキット稲生駅。交通系ICカードは使えないので、精算する人たちが並んでます。帰りの切符を事前に買ったほうがスムーズとのアナウンスもあり。自分は津で往復切符を購入済み。

鈴鹿サーキットに到着

鈴鹿サーキット稲生駅から向かうと「1コーナーゲート」から入場したほうが近くてスムーズなのですが、テンションを上げるためメインゲートから入るようにしてます。


メインゲート「Welcome」


今回から紙のチケットが廃止されて電子チケットのみになった。チケットを自宅に忘れるなどのトラブルも減るだろうし、公式のリセールサービスが整備されたりメリットも多いけど、いままではデザインされた特別な封筒で、ちょっと豪華なチケットが郵送されてきたのだ。その体験が失われてしまうのは残念すぎる。仕方ないので鈴鹿サーキットで発行してくれる「ライセンスカード(普段はアトラクションで取得条件を満たすと有償で発行できるサービス)」の特別デザインバージョンが提供されるというのでゲット。けっこう並んで予選が始まりそうになって焦った。

ライセンスカード
https://www.suzukacircuit.jp/park/licence/


メインスタンド前のGPスクエアに向かう坂道

予選を観戦

今回はグランドスタンドでの観戦。アウトレットシートという、フェンスや柱などが邪魔になり見えにくい、ちょっと価格が抑えめに設定されている席を確保しました。


グランドスタンドに入れるのは嬉しい。



最前列から1〜3列に設定されたアウトレットシートからの眺望。最終コーナーの立ち上がりと1コーナーは身を乗り出してもあまり見えない。高さがないのでピットの様子もわからない。ただ、目の前をマシンが通り過ぎる迫力がすごい。

予選終了後の前夜祭

予選終了後はグランドスタンドで前夜祭(ドライバーやチーム関係者などのトークショー)が行われます。グランドスタンドのチケットを持っている人は、所定の時間を過ぎると空いている席に座ってもOKになるので、見やすい席に移動します。


前夜祭準備中


グランドスタンドの高いところから撮影した予選の結果。角田選手(TSU)は10位!

名古屋へ

後夜祭が終わったので宿のある名古屋まで帰ります。名古屋駅方面の待ち時間は90分程度とアナウンスされていました。津方面は20分ほどで乗れました。津での待ち時間や、遠回りすることを考えると、どちらも変わらなさそう。


ホームから眺める

思ったより長くなってしまったので、今回はここまで。次回はF1日本グランプリ2024観戦記(決勝編)です。


下津井田之浦から田之浦展望台方面に歩いて「名曲喫茶 時の回廊」脇の階段を登ると鷲羽山東屋展望台に到着する。この展望台からは写真のように瀬戸大橋を見下ろすことができる。


下津井田之浦までは児島駅から下津井循環線というバスで行くことができる。「名曲喫茶 時の回廊」に直接行くならば「WASHU BLUE RESORT 風籠前」で降りてから歩いたほうが近そう(循環バスなのでちょっと遠回りする)。自分は田之浦展望台まで車で送ってもらい、帰りは「大畠漁港前」まで歩いてそこから下津井循環線バスで児島駅に戻った。


田之浦展望台からの景色。下津井は北前船が寄港する港町として栄えたらしい。現在は瀬戸大橋の起点である。風情のある港町は歩いているだけで楽しい。


こんな感じの道を登っていく。ちょっとした散歩感覚で登れるが、舗装はされていないので注意。


いい看板「あずま屋この上」。下津井はタコで有名なので、看板にもタコが描かれてる。


こんな感じで東屋のすぐ下に瀬戸大橋


瀬戸内海の多島美

大阪で小さな船によるクルーズを運行されている『御舟かもめ』さんの朝ごはんつきクルーズに乗ってきました。御舟かもめさんはドボククルーズなどで何度かお世話になったことあるのですが、朝食つきははじめて。

御舟かもめ:https://www.ofune-camome.net/

この船は熊本県で真珠の養殖作業に使われていた小舟を改造したもの。高さのある船だとくぐれない橋の下も通れるらしい。冬でもこたつが用意されているので暖かい。

農園『杉・五兵衛』直送の野菜を使った朝食。おやきが美味しい。お茶もついてます。

杉・五兵衛:https://sugigohei.com/

川から眺める中之島方面のビルが美しい

大阪城が見えるポイントも

高速道路の橋脚がかっこいい

80分のクルーズはあっという間。出張などで大阪方面に出向くことはあるけど、ゆっくり観光するチャンスは少なかったんですよね。今回は時間が取れたので、思い切ってクルーズを予約してみて大正解でした。

2024年3月、再開発中の中野駅南口にナカノサウステラがオープンした。住棟とオフィス棟に分かれて下層に商業施設が入る「最近の駅前」っぽい建物だ。ちなみに東京都住宅供給公社の「中野住宅」跡地である。

ヤマノ中野駅前ビル

周辺ビルの建て替えも進んでおり、南口駅前にある薬局のビル(と認識している人が多いであろう)ヤマノ中野駅前ビルも取り壊されることになったようだ。隣のビルがなくなり側面が露呈されてとてもかっこいい。このビルは1961年(昭和36年)竣工らしい。けっこう歴史がある。

ズームしてみるとこんな感じ

下から眺めるとこんな感じ

横から眺めるとこんな感じ

この板は?

X(旧Twitter)で教えていただいたのだが、これは「捨て型枠」というもので、コンクリートを打設したあと、そのまま埋めてしまう型枠らしい。接していた隣のビルが取り壊されたことにより、埋められていた型枠が見える状態になってしまったのだ。

このビルは?

ビルの名称が「ヤマノ中野駅前ビル」、上階には山野愛子グループのサロンが入っていたこともあり、ヤマノ関連の会社が保有している可能性が高そうだ。

ビルの1階には薬局、そのうえにはいくつかクリニックが入っていた。いわゆる「医療ビル」のような形態。その役割は新しくできたサウステラに譲ることになるのだろう。

山野愛子氏のこと

山野氏は1934年に山野美容講習所(現在の山野美容専門学校)を中野に開設とWikipediaに書かれている。公式サイトには「日本橋蠣殻町に開業した山野美粧院の2階に美容講習所を開設」とあり、どちらが正しいのかは不明。ただ(これもWikipedia情報だが)中野区内にある寺院に、山野氏のお墓があるそうなので、中野はゆかりのある土地なのかもしれない。

山野愛子(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E9%87%8E%E6%84%9B%E5%AD%90

山野愛子 美道~86年の歩み~
https://www.yamano-hd.com/yamano-aiko/

それにしても、経歴を知ると山野愛子氏の偉大さがわかる・・・。

さいごに

中野駅北口の中野サンプラザもそうだが、どんどん昔の中野を知ることができる建物がなくなっていく。とくに、この建物はサンプラザが竣工する1973年より10年以上も前の建物だ。余計なお世話かもしれないけど、こうやって写真だけでも残しておきたい。

新宿の小田急百貨店が建て替えのため解体されることになった。ヘビーユーザーなので寂しい。坂倉準三氏が手がけたモダンな建物は新宿からなくなってしまう。売上の伸び悩みなど小田急にも都合があるのだろう。あれだけ乗降客数の多い新宿駅直上にあるんだから、高層化しないともったいないという理屈もわかる。

こんなとき「再開発するなら開発前よりも良くしてくれ」と思うのだが、再開発されると商業的にターゲットから外れてしまい、行きつけの店は閉店させられて、ただ不便になることがほとんどだ。小田急百貨店新宿店本館は「輝く都市」を目指していた建物なんだから、建て替えられてもそのくらい大きな存在でいてほしい!


閉館するまえ展望スペースから撮影


同上。かっこよくないですか?


新宿といえばこの風景なので寂しくなる


吹き抜けから眺める


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